have fun 60 ミントジュレップと奴


     つつしんで
         ~ ミント かけがえのない時間 ~




ミントジュレップ&奴


『ついてない・・・』
そう思ったのだ

その駅は取引先の近くにあったのだが、電車の便がかなり悪い
駅のそばにコンビニが1軒あるだけだ

その取引先には、週に2回ほど通うようになる


『ついてない・・・』
 
 
帰り際、コンビニで何か買って近くの公園で昼食をとる

何回目の時だったろう
一匹の犬がこっちを見ている


パンを差し出した

いったんは顔をそむけたが、もう一度差し出したら
おずおずと近づいて来た

少し離れた所にパンを置いて知らぬ顔をしてやった
尻尾を巻き込みながら食べ始めた
 
 
それからだ
奴と一緒に昼飯を食べるようになった
 
その取引先へ出向く最後の日
同じように奴と昼飯を食べた
 
我ながら、馬鹿だなあと思ったが

「明日 迎えに来る 来たければここにいろ・・・何時になるかわからんがここにいろ」
奴はしげしげと私の顔を見た
 
次の日早朝の仕事をかたずけ、車を走らせた

途中買い物もした
 
公園の縁に車を止めた
奴はいた
 
飯をやって

「ここにいろ」
そう言って歩き出した

公園の近くの住宅地に入って行った
何人かの主婦に奴の事を尋ねた

飼い犬かもしれないと思ったからだ
結局飼い主につながるような話は聞けなかった
 
公園に戻り、

「ちょっと行くぞ」
不思議なことに奴は後をついて来る

『犬か 本当に・・・』


そう思いながら
さっき教えてもらった交番へ向かった

交番が見えた

振り返ると奴は 少し離れた所に座ってこっちを見ている


「おまえ なんか悪いことしたのか? そこで待ってろ 一人でいってくる」



交番に入って警察官と話をした
聞いてまわったが奴は野良犬で飼い主がいそうもない事
できたら引き取りたいという事



どうやら奴は、逃げるのが上手いらしい
何度か保健所の担当者が来たが奴をつかまえることができなかったらしい
 
警察官は、自分に止める権限はないと言った

念のためといって、身分証明をお願いされたくらいだ
免許証と保険証の2つを出した

「本気かね 私も何度か声をかけてるが なんだか変わった犬だがねぇ」
警察官は、私の心中計りかねるといった顔つきだ
 
とりあえず礼を言い、奴の方へ戻った
奴は不思議そうに、ちょっと首をかしげて私を見た

「一応 仁義は通してきた 行くか?」
奴は一定の間隔をとり、私の後に付いて来た
 
車の中が熱くなっていたのでドアを開け、公園の木陰に座りタバコをふかした
奴は珍しいのか、車の中に首を突っ込んで匂いを嗅いでいる
 
後ろの座席に入り込み何やらやっている

奴は途中でかったグリーンの首輪を鼻に掛け、私の方にやって来た

「いいのか 飼い犬になるんだぞ」

私はその首輪をとり、奴の首に付けた
初めて奴に触った
少しも嫌がらず、おとなしくしている
 
「じゃあ いくとするか 相棒」
そう言って車に向かった



すぐ前を行く、奴の尻尾がまっすぐ立っていた


 
家に着き
私は奴を洗った

若干嫌がったが、タオルでごしごし拭かれても逃げ出す様子はなかった

被毛が乾くころ、奴は見違えた

「おまえ かなりいけてるじゃん」
体形といい 被毛といい かなり上品なのに気がついて、いっしょに笑った
 
 
犬のいる、ごく普通の生活が始まった
 
そして3年続いた
 
 
ある夜、奴は腰が砕けるように崩れた

『医者に・・・』
抱き上げようとした


奴はこれまで見せたことがない顔でうなった

私は、これからどうするのが適切なのか話してやったが、納得しなかった

しかたなく奴の隣に布団を敷いて横になった

奴は穏やかな顔になり、安心したように丸まった
そして、時折私と目だけを合わせた

何か言いたげに
 
そのうち、奴を見ながら寝てしまった
 
気がつくと私は奴に顔を舐められていた
私をしげしげと見つめ、また丸くなった

『よかった 落ち着いたのか』
私は間もなく、また眠りに落ちた



 
翌日奴は動かなくなっていた
 
思わず声に出した

「なんだ 落ち着いたんじゃなかったのか・・・」
頭にそっと手を置いた
 
夜半に私を舐め、しげしげと顔を見たのは・・・
暇乞いだったのだ
 
医者に行くことを拒み
私の横で最後を過ごした
 
もう一度、そっと奴にふれた
 
奴の骸をどうすれば良いのか考え始める前に、時間が必要だった
奴をじっと見た
奴がそうしたように
何度かなでた
愚者のように語りかけた
 
首輪をはずしてやろうと思い手を伸ばして、止めた
『そのまま逝け 忘れないように 尻尾は立てたままでいいぞ』
 
保健所へ電話をし、翌日タオルケットに包んだ奴を見送った
 
 
 
半年もすると奴の臭いは消えてしまった


PCに奴の画像がいくつか入っているだけだ
そのフォルダーはいつもディスクトップにある


『ジュレップ』という、奴の名前を付けて
 
 
庭とはいえない狭い地面には
どこからきたのかミントが群がっている
 
奴はその茂みに顔をうずめてはクシャミをするのが好きだった
 
今ミントは、奴がいなくなったことを確認させようとしているのか、めったやたらに
増えている
 
おかげでミント・ジュレップには不自由しない
 
 
 
 
フォルダーをクリックした
 
小首を傾げて私を見つめる 奴が待っていた







コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

いち乃そら

Author:いち乃そら
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
カテゴリ別記事一覧
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる